NGM+その他の欲望

日々のサムシングについてのスクラップブック。

仙台駅すぐそば「さくら野」

所用があり、ここ数日で仙台方面に何度か足を運んだ。

 

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先週のニュースで、仙台駅すぐそばという絶好の立地に立つ「さくら野」という地元老舗百貨店が、日曜まで営業してたのにその日の夜に従業員全員解雇、月曜から自己破産手続き入りでテナント以外は突然の全面閉店で騒然としている、というのを読んでいたので、そういえばどうなってるんだと行ってみた。

 

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確かに閉店している。が、フロアの一部にH&Mが入ってる二階には入れた。後は上の階のブックオフは営業しているようだ。

 

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入り口脇の休憩スペースに座っていた老婦人の皆さんが、急なことでびっくりした、これからどうなるのかしら。というようなことを今まさに話していて、まるで夕方のニュースで流れる街頭インタビューのようだなとぼんやり思った。

 

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富士そばにて

にわかに話題になっている‪『けものフレンズ』、インターネットの奴ら案件だと思ってるので俺は見ていない。が、日曜日の夜遅くに富士そば行ったらこんなことがあった。

けっこう酔ってるっぽいアラフォー男2・女1のグループが入ってきて、蕎麦を啜りながら大声で‬‪会話している。

「○○先輩はこう見えてサーフィンやってるんだぜ」

「えー意外!」

「いやまあ、俺昔ハートブルーって映画見て」

「でさ、なんか最近もののけフレンズとかいうのが流行ってるらしいんだよね」

もののけー? 知らなーい」

ハートブルーっていう」

「なんかユーチューブでさ」

「それはマンガ?」

ハートブルーって」

「マンガマンガ。アニメ」

「知らないなー」‬

ハートブルーっていうさ、知ってる?」

「いや、知らないっす」

「知らないですー。テレビですか?」

ハートブルーっていう映画があってさ、知らない?」

「あー、でも俺けっこう映画見るほうっすよ」

「あたしぜんぜん見ないんだよねー」

「で、なんかユーチューブとかで見るんだけどさ、最近はもののけフレンズってのが面白いらしいんだよ」

結局、『ハートブルー』についても『けものフレンズ』についても、誰も決定的なことを言わないまま別の話題に移っていったが、少なくともこれくらいの範囲にまでは話題が波及しているということか、という知見を得た。学びとしたい。

『ドント・ブリーズ』/監督はきっと根が真面目な人

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→公式サイト


映画 『ドント・ブリーズ』 予告

 

本作の監督であるフェデ・アルバレスの前作、リメイク版『死霊のはらわた』でも思ったんだが、この人は根が真面目なんだろうな。

死霊のはらわた』では薬物依存症の妹の治療(ドラッグ断ち)のために山小屋に籠ることにした若者たち(妹とその兄、兄の恋人、友達や看護婦など)が酷い目にあうんだが、ゴアシーンが妙に自傷的なものばかりなのが気になった。スプラッター云々とは違った意味で痛々しい物語になっていたと思う。オリジナル版の美点である「恐怖とゴアの臨界の果ての爽快感」は、リメイク版ではほとんどなりを潜めていて、やたらと陰惨なイメージだけが残った(スタッフロール後のファンサービスが白々しく感じられるくらい)。

そんなわけであまり評判のよろしくなったらしい前作(俺は好きだが)からちょっと間が空いてしまっての第2作目である。低予算だがスマッシュヒット、評判も上々という感じらしいし、それも頷けるできであることは否定しない。が、やはり憂鬱な雰囲気は全編を覆っていた。以下若干ネタバレの箇所があるので注意。

 

 

本作では、不況下のどん詰まりの街・デトロイトで犯罪に手を染める未来のない若者たちが、老いた盲目の元軍人と暗闇の中で死闘を繰り広げる。低予算でワンシチュエーション、様々な技巧を駆使しながらも90分とコンパクトにまとめたスリラーという、いわゆる「映画的快楽」をストレートに味わえる(はずの)作りだが、いや確かに味わえはするのだが、ジャンル映画的「キャラクター」としては重すぎる……生真面目すぎる人物造形が、物語に拭いがたいダウナーな空気を醸し出す。

例えば短気なクズだと思われたヒロインの彼氏が、自らの命が今まさに奪われんとするその一瞬に仲間たちを庇う。それをお涙頂戴的に過剰に描くことなく、他のキャラクターに英雄的行動だと賞賛させるでもなく、容赦なくばっさりと切っていく。

ヒロインはいくつかタトゥーを入れていて、老人の家に押し入ることを決めたとき、新しくテントウムシのタトゥーを腕に入れる。まだ筋彫りだ。ヒロインのことを密かに好いている男友達が訊くと、この仕事で大金が手に入ったら足を洗って街を出る、カリフォルニアに行く、そこでタトゥーに色を入れるんだと呟く。問わず語りに、子供の頃クズな親にクルマのトランクへ押し込められたことが幾度もあったこと、そのときトランクの隙間からテントウムシが入ってきて腕に止まったことを語るヒロイン*1……登場する人物全員がそんな感じだ。

それでいて、ジャンル映画の枠から逸脱するような過剰さ、突き抜け、高揚……には踏み出さず、半歩手前くらいできちっと折り畳む。例の「体液」の下りでさえ、老人の狂気よりも絶望の深さのほうを前面に出した演出で、ある意味丸めて描いていると言えないだろうか。生真面目で、器用なのか不器用なのか、そういうところが妙に印象的な作品だった。

*1:この印象的な会話は後半の2つの展開の伏線になっているのも見事。

『君の名は。』メモ

今更ながら『君の名は。』を見てきた。新海誠をずっと見てきた人には色々感慨があるのだろうなと思うが、残念ながら俺は『ほしのこえ』くらいしかまともに見てないので、今作もウェルメイドな佳作といったくらいの感想だ。以下、つれづれにメモ。

  • 物語上の大きな仕掛けについて知っている状態で見たからかもしれないが、アヴァンタイトル→オープニングで勘のいい人ならなんとなく気づく演出があったような。それがなかったとしても、劇中でその仕掛に直接的に“言及”している小物が画面の端に写るシーンが2箇所ある。
  • バランスとしてTVアニメ3話分くらいの時間配分。特に第1話にあたる冒頭30分強くらいはまさに「次が気になるTVアニメ第1話」といういった配分で、アヴァンタイトルで気を持たせてセンスのいいOPへの入りでエモーショナルに煽り(タイトルロゴの出し方は特にいい)、そこから一旦肩透かしするかのように抑えたトーンの演出へ移行し、そしてとうとう入れ替わりに気づいた2人→ドタバタのモンタージュに被さる曲(EDとか次回予告っぽい)……と、とてもテンポがよい。
  • 本編始まる前に5本くらいあった他の映画の予告編を見ていたので尚更はっきりわかったが、お話的にはここ数年くらいの日本映画、特に若者向け恋愛ものでよくある「愛し合う若い2人のどちらか片一方が、難病やら超自然的現象やらSF的な何かによって記憶を失ったり短期的に時間を遡ったりして巻き起こる悲恋もの」のフォーマットに忠実。つまり男女の「すれ違い」が物理的なものではなく、記憶や時間の流れによって成される。これは携帯電話やネットワークの普及によって現代を舞台にした物語で物理的/場所的なすれ違いを描くことが困難になっていることとも関係しているだろう。
  • で、そのフォーマットをアニメでやるので実写よりもスケールの大きな見せ場を作れた、という感じだ。それとは別に、都会と田舎/田舎の伝統行事と美しい自然風景などの地方自治体タイアップ映画的な要素も押さえている(別にタイアップではないけど)。
  • そういう意味でも、「今の日本映画」のメジャー感を強烈に感じる作品だった。誤解を恐れずに言うなら、アニメ映画に独特なハイコンテクストなところがほとんどない(細田守の映画よりも)。
  • あと、描き方がああいう感じなので問題ないが、若干、諸星大二郎っぽい話だなーと思ったり思わなかったり。『妖怪ハンター 組紐カタワレ異聞』みたいな。

『Bugってハニー』と「あの頃」のハドソン製ファミコンゲーム

30周年記念ということでTOKYO MXで地上波再放送が始まった『Bugってハニー』の第一話を見た。放映当時このアニメを熱心に見てたわけではなく、ゲーム版のほうもとっちらかった内容だなと子供ながらに思ってちゃんとプレイしたことはないので、正直言って思い入れはほとんどない。細かいところもほとんど憶えていないし。

が、改めて見るとなんかすごいドラッギーな世界描写だったのが面白かった。『高橋名人の冒険島』のキャラクターを下敷きにした「高橋原人」が主人公で彼はゲームの中の世界に住んでいるわけだが、その世界の描写が不思議。南の島で、顔のある巨大キノコたちや巨木が話しかけてきたり、というのはおとぎ話的描写でまあわかるんだけど、ジャングルの木の幹に交通標識やバーコード、JISマークやSTマーク、麻雀の点棒などなど雑多なものが刺さっていたり貼られていたりしていてカオティック。

たぶんこれ、当時の(あまり若くない)アニメのスタッフたちが、当時のゲームのグラフィックにおける記号的な混沌をなんとか自分たちなりに解釈しようとしてこういうことになっているんじゃないだろうかと思う。劇中の要所要所では『ロードランナー』や『ボンバーマン』などハドソンファミコンソフトのゲーム中画面をそのまま模したシーンが挟まれるのだが、手描きのちょっとひょろひょろした線で表現されるドット絵が、「時代」って感じだね。

 


ちょい見せ 「Bugってハニー」

 

あと、小林亜星作曲のOP/EDテーマ曲で高橋名人がやけに美声かつ達者な歌を披露するのが印象的。特にOPテーマは映像も相まってなんだかおしゃれ歌謡曲というかソフトロックというか、なんだかそんな感じで良い。

近々で高橋名人の歌声を聴いたのはYMCKの「ロッケンロール・ランデブー featuring 高橋名人*1だけど、あれはゲストボーカルで歌うというよりはMCみたいな感じだったから特に歌声の印象はないんだよな。YouTubeで探してみると、2012年のライブでまさにこの曲の生歌を披露している映像があった。これを見る限り今も変わらずいい歌声だ。

 


高橋名人 Bugってハニー ~ ボンバーキング JADE-Ⅳより

 

ファミリーレーシング

ファミリーレーシング

 

 

と、持ち上げといてなんだけど、ファミコン版『Bugってハニー』前後くらいからのしばらくの時期、感覚的には『迷宮組曲』から『亀の恩返し』くらいまでの時期のハドソンファミコンソフトって、当時はどうにも好きになれなかった。

Bugってハニー』は横スクロールアクション+ブロック崩しというジャンルミックスものだけど、あの時期のハドソンのゲームってゲームジャンルに限らずいろんな要素を雑多に詰め込んでいて、それでいて詰め込んだ要素同士のシナジーがうまくいってない……みたいな印象があったんだよね。もちろんこの印象は今の俺の言葉で表現しているものだから子供のときはもっと漠然と、最初に書いたとおり「とっちらかった内容だなあ」くらいの感覚だったのだけど、妙な居心地の悪さみたいのを感じていたのだった。

ぶっちゃけ、子供の頃の俺はアクションやシューティングゲームでの「隠しキャラ」とか「謎」みたいなものがあまり好きではなかったのだと思う。なんでだろうなあ。どうも小学生なりに、「小学生に媚びてやがる!」と憤ってた節はあるような気がする。

逆に、同じくらいの時期にハドソンPCエンジンで出していたゲームにはそういう感覚はまったくなく、自分ではPCエンジンを持っていなかったこともあって憧れの対象だった。ハドソンPCエンジンの初期に出していたソフトは、移植作も含めてアーケードスタイルのシンプルなゲーム内容をリッチなビジュアルで表現したものとか、硬派なアドベンチャーゲームRPGとか、実験的なCD-ROMタイトルとか、とにかくファミコンとは一線を画する「中学生が遊ぶゲーム」って印象があったのだ。今となっては、その印象は少々買いかぶりすぎだったと知っているけど、当時の小学生の自分には、ファミコンのゲームの同一地平線上、あるいは延長線上にPCエンジンのゲームがあるとはあまり思えず、「ゲームセンターのゲーム」と同程度に、ファミコンのゲームとはかけ離れた存在に思えたのだった(「パソコンのゲーム」に関しては当時はほとんど知識がなかった)。

今は別に、あの頃のハドソンファミコンソフトにそういう苦手感覚はなくなって、あの時代の小学生が「ファミコン」に抱いていたリビドーを貪欲に取り込んだものとして捉えている。ああ、そのうちレトロフリークにその頃のハドソンファミコンソフトを取り込んで、連続して遊んでみるのもいいかもしれない。

*1:『ファミリーレーシング』収録

セカイ・海芝浦

www.huffingtonpost.jp

2000年代前半に大流行した会員制SNSの「mixi」が、10年前の日記を知人に通知するキャンペーンを始めた。12月5日以降「忘れたい黒歴史が晒されてしまうのでは?」と危惧する声が相次いでいる。


■それは大変。でも実態は……


話題になっているmixiの特設サイト「ASIAN KUNG-FU GENERATION × mixi

これは、ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATIONアジカン)」とのコラボ企画のキャンペーンを指す。同バンドが2004年に出した2枚目のアルバム「ソルファ」の再レコーディング盤を11月30日に発売したことに合わせて、特設ページ上にmixiユーザー自身と、自身と友人設定をしている「マイミク」の2004年ごろの日記を表示している。

なお、ページに表示される日記はユーザーごとに異なり、設定されている公開範囲を越えて日記が公開されることはないという。実態を知ったmixiユーザーからは「大騒ぎするほどではない」と冷静な声も出ている。

 

TwitterのマイTLではそれほど騒いでいる人はいなかったが、昔のものを振り返るのはわりと好きなのでかなり久々にmixiにログインしてみた。PASSを忘れてたよ。

まあ2003年頃から書いてるこのBlogをまだ続けてるくらいなので、別に昔の日記を改めて公開されても特に恥ずかしいところはない。だが、すでに故人となってしまった人とのやり取りなんかが出てくると、いろいろと胸に去来するものがあるな。

 

で、いくつか見てたら、2005年の元旦に鶴見線の海芝浦駅*1で初日の出を見たという日記があった。当時持ってた機種名も忘れた安いデジカメ(確か33万画素とかだったはず)で撮影した写真が貼られていて、日記のタイトルが「セカイ・海芝浦」だった。その日記に付いてたマイミクとのやり取りを見る限り、当時は正直「セカイ系」っていう言葉の意味をよくわかってなかったと思うのだが、写真を見ると、これは今なら新海マコティックとでも表現すべき光景なのかなと思ったので、メモ代わりに貼っておく。どうやら元画像がローカルのHDDからも失われているっぽいので。

 

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到着してすぐ。なんとなくノリで行ったのだが、同じことを考えた人がそこそこいたようで、ホームには10人前後はいたように思う。曇ってて初日の出は拝めなさそう……と落胆してたのだが……

 

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雲間から徐々に光が差してきてこんな光景に。この後、本格的に太陽が出てきたときは本当に神々しい光景になったので写真撮るどころじゃなかった(と、当時の日記に書いてる)。

関係ないけど、『君の名は。』はまだ見ていない。さすがにそろそろ見に行くか。

 

セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 (SB新書)

セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 (SB新書)

 

*1:東芝京浜事業所の敷地内にあり、改札が工場の門になるため社員しか駅を出ることができない。が、一般客でもホームに下りることは可能。そしてホームが海に面していて向こう岸には工場群が見えるという不思議な風景のため、マスコミでもたびたび取り上げられる。

カメラおじさんになりつつある気がする

 

ここ数年、妻が会社のビンゴ大会でもらってきたNikon 1 J1の標準ズームレンズキットを使っていた。赤いメタルボディのタイプだ。シンプルなデザインは気に入っていたが、旅行のときか仕事でトレードショー関係の視察に行ったときのレポートくらいにしか使ってなかった。

そもそも、日常的に写真を撮るという習慣がまったくなかったのだ。携帯、スマフォのカメラもあまり使わないのに、わざわざ撮影専用の機材を持ち歩いて写真を撮るというのが身につくはずもないといえばそのとおりだ。

それでもまあ、Eyefi Mobiを買ってスマフォとの写真共有が簡単になったのに感動したり*1、みんなが「フィルター」を買ってるのは写真に色味とかを付加するためじゃなくレンズを保護するためだったのか! と遅ればせながら気づいて購入、いちいちレンズキャップを付けたり外したりしなくてもいいので取り回しがすごく良くなって感動と、カメラにあまり関心がない人なりに小さな感動を積み上げてきてはいた。でも「何かあるときに持ち出す」以上のものにはならなかった。

 

が、今年の春先に、うっかりミスで標準ズームレンズを壊してしまったんですね。それで、また標準レンズを買い直すのも馬鹿馬鹿しいし、トレードショーの暗い照明の中でレポ用写真撮るなら明るく撮れるやつがいいだろうということで、ちょっとだけ勉強して価格相場も調べて、単焦点の18.5mm f/1.8を買ったんですよ。安かったし。

 

 

そしたらまあ、うわーぜんぜん違うわー、と。レンズが違うだけで、こんな明るい、光の部分と影の部分の表現力が標準レンズとは段違いの、質感のある写真が撮れるもんなのかー、と。

 

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この2枚はレンズを買ってすぐのとき行った「コンテンツ東京2016」というトレードショーのVRコンテンツ関係のブースでのもの。えー! こんな薄暗いところでこんなにきっちりしたのが撮れるのー!? なんか報道写真っぽくね? すごくね? と一人で興奮してしまった。

 

というわけで、見事に撒き餌レンズに引っかかったのだった。以後は写真を撮るのが加速度的に楽しくなり、休日は特に目的がなくてもカメラを持ち歩くようになった。それと、赤いボディのJ1と黒くてプラスティッキーにつるんとしていてあまりレンズっぽくない18.5mm f/1.8の組み合わせが予想外にかっこよく見えたのもヤバかった。ヤバい。かっこいい……調べてみるとカメラの外見を自分好みにカスタマイズ、ドレスアップするという趣味もあるらしく、いやあいろいろな世界があるものだ。というわけで俺も軽く影響されてバヨネットフードとストラップを買ってみた。

 

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バヨネットフードって名前からしてかっちょいいもんね。「バヨネット」だもん。銃剣だぜ銃剣。あとストラップの色をどうするかいろいろ迷ったのだが敢えてこのオリーブグリーンとこの……何? 矢印? みたいな組み合わせのやつにすることで、なにかこう、ミリタリーっぽいような、なんか、この赤いメタリックなのとプラスティッキーな黒いのとで、これはなんか、なんかすごくかっこいい……。あ、J1用のグリップ自体は前から装着してました。手が小さいからこれないとカメラ落としてしまう。あと後ろに写っている飲み物は麦茶ではなくアフリカのお茶・ルイボスティーです。おしゃれですね。ティッシュクリネックス派です。

あと、いろいろ調べてたらHOLGAのレンズ部分をデジカメ用交換レンズにしたやつが何年か前に販売されていたのを知り、Nikon 1用のもまだ在庫があるというので買ってしまった。3000円だし。

 

HOLGA ニコン1用HOLGAレンズ【HL-N1】

HOLGA ニコン1用HOLGAレンズ【HL-N1】

 

 

全部プラスチックでできた完全なるおもちゃだし、フィルムのトイカメラで特徴的な周辺光量不足のあの感じは「ブラックコーナーエフェクター」なんて大層な名前が付いてるけど要はピンホールのプレートを一枚噛ませただけの機構で再現したり*2オートフォーカスなんてもちろん使えなくてマニュアルでしか撮れなくなるし、基本ピーカンの屋外でしか撮れないけど、まあこれが楽しい。夏の強い日差しの中に持って行っていろいろシャッタースピードを弄って試行錯誤するのがとても面白かった。「いかにもフィルムのトイカメラらしいローファイな色味」という点では昔買ったトイデジカメ・VISTA QUEST VQ1005のほうがそれっぽくて面白いのが撮れたのだが(当時書いたエントリ→123)、こっちは撮ることそのものがなんだか楽しい。オラ! 撮ったの見てくれよ! 見せられても困るようなもんしか撮ってねえけど。

 

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地面に写った自分の影を撮るおじさん。女子大生のInstagramか! だが影のボリューム感が確かな中年力(ちゅうねん・ちから)を放射している。

 

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空を撮るおじさん。これも女子大生のInstagramっぽいけど、おっさんにも多い気がする。

 

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錆の浮かんだパイプを撮るおじさん。いるよねー。とりあえず撮るよね。

 

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廃屋っぽい民家の割れたままほっとかれた窓ガラスを撮るおじさん。いるよねー。真夏に撮ってるはずなのにKO-KO-ROが荒むほど寒々しい絵だね。

そんでHOLGAレンズを装着したNikon 1 J1の姿はこれ。

 

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かわいい! おしゃれ! なんなのこれ! 「カメラが趣味になると、カメラを撮るカメラが欲しくなる」とどこかのBlogで読んだ気がするけど、今それすごくわかるわ……iPhoneのカメラじゃないので撮りたくなるわ……あ、後ろに写ってるオレンジのはおしゃれな鍋敷きです。なんか鋳物みたいのでできててルクルーゼの鍋みたく重い。たぶん人を殺せる。

 

まあそんな感じのことをしばらくしていたわけだが、明るい単焦点レンズの次は望遠レンズが欲しくなる。どうしようかいろいろ悩んでいたのだが、そもそもNikon 1 用の1 NIKKORレンズはラインナップが少ないので、自ずと選択肢は限られる。

で、まあ悩んでいたところで選択肢が増えるわけでもなし、PlayStation VR用にしていた貯金を「ぜんぜん追加出荷分のアナウンスも出ないし、とりあえず後回しか」と望遠レンズ(10mm-100mm、35mm換算で27mm-270mmのやつ)にぶっ込んでみた。

 

 

さすがに撒き餌レンズとは違う高級感がある。関係ないけどカメラ関係のレビュー読んでると「塊感」って言葉がけっこう多用される印象がある。塊感ってなんだよって思ってたが、今ならわかる。これ、塊感あるよ。わかるよこれ……ただ一つのことだけわかっている。私は盲目であったが、今は見えるということが(ヨハネ 9:25)。ほら、カメラの写真だ! 見ろよ!

 

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カメラのボディに対してレンズの大きさのバランスがZZのあたりのモビルスーツっぽい! いやガンダム詳しくないんで雑な印象ですが。なんかあのー、アニメには出てこないけど関連する小説とかマンガとかゲームとかではちらっと言及されてた試作機とか改造機をプラモ化しました! みたいなやつの若干やりすぎた感に近いバランスを感じる。特にバヨネットフードのあたりが。これ沈胴なのでズームするとさらにニョキニョキ伸びてある種の暴力性を感じるフォルムになってすごいの。首から提げてるとレンズが前に突き出てなんか攻撃的な印象をすれ違う人に与えるような気がしたので、レンズが下を向くように片手でクイッと押さえながら歩くのが、拳銃の銃口を下げて構えたままダッシュするFBIの人みたいでかっこいいなあと思いました(夢見がちすぎる)。

でも、望遠側はあんまり使わず、広角側の画角で風景を撮るのがなんか新鮮で面白いなー、ぜんぜん違う構図で撮れるんだなー、J1は歪み補正機能がないからワイド端だと端っこがけっこう歪むんだけど、この歪んでるのがなんかダイナミックな感じがして面白いなーなんてことを思っていたところで路地裏で野良猫を発見。よし、上級職・ねこちゃん撮りおじさんに転職してみるか……谷根千でカメラ片手に野良猫と戯れる的な存在になるのも夢じゃないぜ……と撮り始めたとき、エウレカが訪れた。なるほど! ここで猫が逃げない距離のままズームすることですごい寄った写真が撮れるのか! なんでみんなあんな近くで猫撮れるんだろうかよっぽど猫に好かれやすい体質なんだろうかと疑問だったのがやっとわかった。ていうかそんなレベルかよという話ですが、まあ自分で気づくのは楽しい。気づきに感謝系のアレがある。

 

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というわけでけっこうな速度でカメラおじさんになりつつある気がする。まあ「おじさん」とかブリッ子的な自称をしてはいけないな。カメラ中年男性だよ。カメラを持った中年男性が街を徘徊しているんだよ。声かけ事案に発展しないことを祈る。

*1:今でこそデジカメにWi-Fiが搭載されているのなんて当たり前だろうが、Nikon 1 J1の頃にはまだ珍しかったのだ。

*2:わりとわざとらしい感じに周辺光量不足になる。