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「日本語化が困難な部分」



メディアクエスト、「Hearts of Iron」の発売を中止 理由は「ゲームに日本語化が困難な部分」 (GAME Watch

 第二次世界大戦をモチーフにしたストラテジーだそうだが、なぜ発売中止にしたかというと……

 「日本語化が困難な部分」についての具体的な内容については明らかにしていないが、同作のテーマであるイデオロギーの激突が、日本語化して発売するにはあまりにも露骨過ぎると判断されたのではないだろうか。

 同作は、他のストラテジーゲームと同様に軍令、軍政を軸としたコンクエストゲームだが、メインテーマである民主主義、共産主義ファシズムという3つのイデオロギーの戦いをリアルにシミュレートするため、そこからさらに一歩踏み込んで政治体制そのものを変えることができるようになっている。

 たとえば、ドイツの政治傾向をファシズムから民主主義に変えるとする。この場合、クーデターを起こしてヒトラーを廃する必要がある。これが日本の場合、天皇制を廃することに直結してしまうわけである。

 欧米のシミュレーションゲームFPSでたまに見られるこの手のラジカルさ(自国や他国の歴史も、思想も、宗教も、人権さえも、ゲームシステムの前では等しく「ただの一要素」として扱うところ)には、すごいなあと素直に感心してしまう。そして本当にすごいのは、そういうラジカルさがイデオロギーとは全く無関係なところ(あるいは、「無関係である」とふるまうところ)だ。開発者たちは「××ができるとともっとエキサイティングなゲーム体験になると思ったんだ」とかなんとか、ほんとに無防備なくらい「ゲーム」についてしか語らない。まさにそこが危険でもあり、とても素晴らしいことだと私は思う。ビデオゲームはそういうふうに自由でいられるはずだ。