本屋で夏の文庫本キャンペーン棚を見てたら、向田邦子の『思い出トランプ』に「嫌な話が詰まった怖い本です!」みたいな手書きポップが付いていて、まったくそのとおりだと思った。
向田邦子の作品、なかでも短編小説やエッセイには、人間関係のちょっとどろりとした嫌な部分や、日常生活の中の思いもよらない陥穽、古い思い出のよく考えると不気味な出来事、なんかがちょくちょく出てくる。別に怪談として書かれているわけではないので「背筋が凍る」的な大げさな怖がりかたには至らないが、静かに、ほんのりと薄ら寒くなるようなエピソードが時折挟まれていて、そういう控えめな「奇妙な話」が好きな人にはおすすめだと思う。
個人的に印象に残っているのは、「消しゴム」というエッセイ(講談社文庫『眠る盃』所収)。
躯の上に大きな消しゴムが乗っかっている。
消しゴムは、はじめ畳一枚ほどの大きさだった。除けようとすれば除けられたのだが、ほろ酔いでソファに寝そべり、毛布でも掛けようかなと思っていたところなので、ふんわりと軽い重さはかえって心地よく、除けるのが惜しかった。
という書き出しで始まるこの短いエッセイの最後で語られるディテールは、ちょっと他では味わえない奇妙な怖さだ(あ、いわゆる心霊モノの話じゃあないですよ)。
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