NGM+その他の欲望

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『Re:ゼロから始める異世界生活』18話までの感想



ここ一年くらいですっかり、リアルタイムでは深夜アニメを見なくなってしまった。元々、「この分野の文化についてよく知らないのだから勉強しなくては」みたいなある意味不純な動機で深夜アニメを意識的に見始めたという経緯があるのだが、40歳に近付いてきたからか、なんかこう、もういいかなあという気分になってしまい、ぱたりと見なくなったのだった。なんていうか……見ていて疲れるんだよね。リアルタイムでちゃんと見ていたのは『アイドルマスター シンデレラガールズ』が最後かな。あれで燃え尽きたような気もする。以後は、人の評判を聞いて数年前に放映されていたものを配信などで後追いで見る、くらいの熱量になった。

そんなわけなので、ついこないだまでまったく知らなかったのだが何故か同時期に複数人の友人から勧められたので『Re:ゼロから始める異世界生活』を見始めた。ある日Amazonプライムビデオの新規配信タイトルを眺めていたらラインナップにあったので、ちょうどいい機会だとウォッチリストに入れ、それからしばらくたってやっと見始めた……くらいの期待値だった。

が、Amazonプライムビデオの一話見終わるとすぐに次のエピソードが再生されるシステムと、各話の最後に必ず大きなヒキがある作品自体の構成でなかなかやめ時が見つからず、休日に一気に15話まで見てしまった。その後、平日の寝る前に一話だけ見るかと思ったらちょうど山場だったので18話まで見てしまい、寝るタイミングを失ったりした。おもしろーい。オンエアで毎週楽しみに見るのもいいのだろうけど、これはVoD時代の一気見に最適化された作りのようにも思える。まあそれは穿ち過ぎか。

 

一話を見た時点では、「異世界転生」を速攻で受け入れる主人公に対して、おお……これが……現代の……フィクション……と苦笑しかけた。が、異世界転生フォーマットの物語が溢れているなろう小説という原作の出自によるもの、というのもあるだろうが、よくよく考えれば、我々の今いる世界に住む「ネット親和性の高いオタクがかった若者」を主人公とするフィクションであれば、主人公が「異世界転生」や「時間ループ」をすんなり理解して受け入れるというのが、ある意味で正しいリアリティなのかもしれない。それこそ現代を舞台にしたゾンビや吸血鬼ものであれば、人々が映画などでそれらのモンスターの習性や弱点をあらかじめ知っているので、「現実」の化物に対してもそれに沿った対策を練って行動するほうがリアリティがある、というのに近い感じか(フィクション仕込みの知識が裏切られる、というのもよくあるひねりの入れ方だ)。

もしも今、「異世界転生」を受け入れられない主人公を描くなら、亀という生物の存在しない平成ガメラ円谷英二がいなかった世界線の『シン・ゴジラ』のように、「小説家になろう」が存在しない世界というのを設定しないといけないのかもしれない

 

まあそんなことはともかく。主人公は現実世界では引きこもりの若者だったのに異世界転生後はリプレイ能力を駆使して男前やなー熱血ヒーローやんけー、っていう10話くらいまでも面白かったが、若さ故の調子こきによって窮地に立たされ小人物ぶりを発揮、いろいろ酷い目にも会ってこれはつらいね……となってからの話がとても面白い。

見る前になんとなく聞き及んでいた「途中で正ヒロインが変わる」っていう件については、10話まででも、あーこれかーと思った。が、オタ人気的には確かにこっちの子が正ヒロインっぽく見えるのはわかるけど、物語のスジとしてはそうなってないよね、ならまあサブヒロインに人気が集まるってのはよくある話だし別に……と思いきや、ギュイイインと音が聞こえるほどの勢いで物語がサブヒロインに向かってハンドルを切り始めるのでスリリング。超スリリング! このままでは物語的にも正ヒロインが変わってしまう、どうするんや……とハラハラしながら本放映時に話題を集めたらしい18話を見ると……思いっきり余韻を残す形でサブヒロインが自ら身を引いた。

ははあなるほど、ラブコメのシリアス局面で最も美味しい役どころであるところの “自ら身を引くライバルヒロイン” 役をあてがうのか、と。物語内では敗退するけど観客の切なさを刺激することで多大な人気を得る、試合に負けて勝負に勝たせる的な花の持たせ方で処理しようというのか、なるほどなるほど……と思ってたらそこでさらに踏み込みがあって、サブヒロインの身の引き方が健気すぎるんで逆に主人公が大反省、そっちにフラフラ行ってたのはつまるところ現実逃避、保身、異世界転生してうまいことやってた風だけどイキってただけなんやと慟哭。さらにそれに応えてサブヒロインが、あなたの中ではそうだったかもしれないが「私」はあなたの違う面を見ていたし、そうやって私が見ていた「あなた」はやはり愛おしい存在だったとこちらも真正面から打ちに行きます。

……これね、“異世界転生” ジャンルフィクションの “キャラクター” として機能しているにすぎなかった主人公に「内面」を発見=見つめさせ、そのうえでさらに自己の内面とは別個に存在する「他者」と、その他者からのまなざしによって発見される「自己の内面」とはまた別に存在する/してしまう「あなた」としての自分、……をも提示するという、とても誠実だと思うし感動的でもあるんだけど、ここでこの2人にそれを深掘りさせちゃうとこいつらの「内面」強度が極端に上がって、正ヒロインルートにハンドルを戻した後にそっちが見劣りしちゃわないかと……いや、そこがまたスリリングだと思いました。どうするんだ? どうなっちゃうの? おもしろーい!

とりあえず18話最後の台詞がいわゆる「ドヤ!」というあれ(最後にタイトルが出る系のアレ。みんな好きなやつ)だったので、よし、今日はここまででいいだろう、と視聴を止めました。続きは最終話まで配信に入ってから一気見しようかな。