NGM+その他の欲望

日々のサムシングについてのスクラップブック。

『今朝もあの子の夢を見た』/「どちらの側」に転がっていくのか

https://yomitai.jp/series/anokonoyume/ より

山本タカシ、42歳、バツイチ、ひとり暮らし。コーヒーを淹れ、簡単な朝食をとり、洗濯をして仕事へ。仕事だけの日々が続く中、今日もまた起伏のない一日が始まる――。大反響、ロングセラーの手塚治虫文化賞受賞作『妻が口をきいてくれません』発売から一年。満を持しての新連載開始!

 

野原広子『今朝もあの子の夢を見た』はある意味で今もっともスリリングなWeb連載マンガのひとつだと思う(集英社のWebメディア「よみタイ」で現在=2022年7月初頭時点で11話まで公開中)。

そのスリリングさの理由は、この作品がテーマとしているのが、ある「社会問題」*1だからだ。より正確に言うならばその「社会問題」を巡る言説のある種の陰謀論的不穏さと政治的偏りこそが原因となっている。

しかしここで、この作品が何を主題としているのかについては敢えて明言しない。アンタッチャブルなイシューであるから、というわけではなく、単純に何も前提知識を持たずに読み始めたほうが楽しめるからである。たぶん、本作作者の作風や件の「社会問題」について本当に何も知らず、この作品を読み始めても検索して調べたりしない人のほうが、今後の展開を十全に楽しめる、ということになるのではないかと思う(楽しめる、というのは作品の狙い通りに翻弄されることになる、ということだが)。

 

テーマについてこの記事で敢えて明言しないのにはもう一つわけがあって、本作の序盤において主題は巧妙にぼかされている。バツイチ独居中年男性の静かな日々のスケッチが淡々と綴られ、そこに男性より少し若い女性が登場する。この二人の間の関係性が少しずつ変化していく……というような、一見すると「穏やか」「優しい」という形容が似合うような物語だ。しかし、ある種の違和感はジャブのように着実に打ち出されている。

「何を題材としているのか」がはっきり作中で明示されるのは今公開されている話数(11話)のちょうど半分くらいのあたりなのだが、ここからが真にスリリングなのだ。どうスリリングなのか……それは、この物語がこれから「どちらの側」に転がっていくのか、予断を許さないという点にある。どちらの側……つまり、件の「社会問題」に対する態度として「どちら」の立場を取るのか、ということだ。

現時点で公開されているエピソードまででは、概ね一方の側に「寄り添った」物語になっている。しかし巧妙なのは、本作の語り手/視点人物が「一人ではない」という点だ。もし視点人物が一人ならば、それはある種のクリシェ、語り=騙りの類型としてどのような展開が待っているのかの予想がつく。いわゆる「信頼できない語り手」というやつだ。しかしそこにもう1人、ある程度まで同情的ではあるが若干の違和感も感じている第三者の語り手/視点人物が加わると、どちらに傾くのかが不明瞭になっていく。たぶんそうなるであろうけど、しかしそれからまたどうなるのだろうか……という宙吊り状態のまま(この「社会問題」の事情を知っている)読者は放置されるのだ。まさにスリル&サスペンスと言えるだろう。

 

ところで――たぶんこれは作り手/送り手たちの計算のうちだと思うのだが――まさに今SNSでこの作品をレコメンドしている読者の声は、はっきりと二つの層に分かれている。そして片方の層は、この「社会問題」を象徴する「ある特徴的な用語」をハッシュタグにしてこの作品を褒め称えている。

これらの「読者の声」が今後どのようになっていくのか、それが最もスリリングな点かもしれない。あとでまとめ読みするより、「今」読んでおいたほうがいいタイプの作品。

 

*1:カッコ付きであることに留意されたい。